最新.6-3『吐き気が最高潮』
※1 この警告は作者の主観、及び偏見に基づく判断により記載させていただいております。
※2 今警告はネタバレを含みます。
・今パートは、読む方によっては大変気持ち悪く、不快になられるであろう要素を多分に含みます。
・暴力的描写、差別的描写、特定のマイノリティー性癖描写を含み、そういった描写を不快に感じる方は回避を推奨します。
・本パートは全編通してフラストレーションを煽る描写が続きます。
「ロイミ、大丈夫?」
「………ッ」
ロイミは彼女の使役魔である少年のリルに支えられていた。お世辞にも体力のあるとは言えない少年は、精いっぱいといった様子でロイミを支えて宙を飛んでいる。
「ロ、ロイミ?」
「うるさいわね……ッ、平気よ。それより触手を召喚するから、私をそこに降ろしなさい……!」
「う、うん……!」
必死に彼女の身体を支え、近くの触手に着地。
「ッ」
「っと……う、うわぁっ!?」
視界のいくらか回復したロイミは、事も無げに触手へと降りるが、リルは一緒に降りようとして足を滑らせてしまう。
(ッ、まだ体が不完全だったわ……私とした事が)
ロイミは内心で不甲斐なさを覚えながら、足元で必死によじ登ろうとしている少年に目をやる。内心でため息を吐きながら、別の触手を操り呼び寄せ、触手に彼の首根っこを掴ませて引っ張り上げてやった。
「あぅ……あ、ありがとうロイミ……」
リルは洗濯物のように己の体を触手に預けた状態で、ロイミに礼を言った。
「まったく、碌に女性の手を引くもできないのかしら」
「ご、ごめん……」
「ふん、行くわよ。あんな雑魚にこれ以上時間はかけられない」
ロイミは先の敵がいる方向に踵を返す。すぐにでも先の場所に舞い戻り、決着を着けるともりだった。
「だ、だめだよそんなの……!」
しかしリルはそんなロイミをおどおどとした様子ながらも引き止める。
「何?あたしに逆らう気?」
「うぅ……でもロイミ、体がまだ傷ついたままじゃないか……それに、ロイミに何かあったら僕……」
「あら、生意気な事をいうわね」
「ぅぅ……」
ロイミの身を案じたリルだが、当の本人から厳しい言葉を返され、返す言葉を失ってしまう。
(……でも、癪だけど万全な状態でないのは確かね……これ以上足元を掬われるような事は、魔女ロイミの名が許さない……)
「ロ、ロイミ……うわっ――んぅ!?」
難しい顔をしていたロイミに、リルはおずおずと声を掛けようとした。その次の瞬間。ロイミは突然リルの首につけられた首輪を掴むと、彼の顔を引き寄せ、そして唇を奪った。
「んんッ!?」
「んッ――ふぁっ」
「ぷぁっ――え……え……!?」
突然の事態に理解が追いつかないのか、リルは目を白黒させている。そんな彼にロイミは呆れた顔で言葉を投げかける。
「何を頭の悪い顔を浮かべているの。力を与えたのよ」
「ふ、ふぇ……?……あ……!」
気付けばリルは己の体に、普段とは比べ物にならない力が宿っているのを感じた。ロイミは口づけを通じて彼女の魔力をリルの体へと流し、リルの体の中に眠る魔力を呼び起こして、彼の身体能力を強化させたのだ。この口づけによる方法は、主と使役獣という主従関係を交わした二人だからこそできる方法であった。
(……この子、やっぱりとんでもない力を秘めているわね……。少し誘いの魔力を流しただけで、ここまで膨大な魔力を呼び出せるなんて……)
リルがその体に内包する魔力の大きさに、内心で感服するロイミ。しかし彼を素直に評する事を気恥ずかしく思っていたロイミは、その胸の内を言葉にする事は無かった。
「まったく、あなたを頼らなきゃならないなんて私も落ちたものだわ……。リル、あたしの
手を煩わせたくないというのなら、あなたが矢面に立って見せなさい。私の下僕として、使役獣として、私の盾となり、そして矛を務めて見せないさいな」
そしてロイミはリルに対して改めて互いの立場を言葉にして現し、そして命じて見せる。
「う、うん!」
その命に対して、リルは少し物怖じしながらも通る声で答えた。
「あぁ、まったく……ッ!」
停戦と聞いた矢先の襲撃に、ドスの利いた声で悪態を零しながら、峨奈は体の自由が効かない樫端と近子の体を引きずっている。そしてすぐに先程まで身を隠していた窪地に到着し、二人の体を窪地に引きずり込んだ。再接敵の可能性を考えれば、崖の下に降りて身を隠したいのが本当の所だったが、しかし近辺の岩肌は荒く、受け身も取れない状態の二人を無理に降ろそうとすれば、頭を打ったり首を折る危険があり、やむを得ず峨奈は、窪地に戻って二人を隠すことを選んだのだった。
窪地に逃げ込むと、峨奈は改めて樫端と峨奈の状態を確認する。脅威存在はこの場を去ったが、二人の状態が回復する様子は見られなかった。
「まだヤツが近くにいるせいか?それともヤツの状態に関わらず効力があるのか……何より、なぜ私は平気なんだ……?」
峨奈は敵の能力に対する考察をしながらも、二人を窪地の隅に押し込んで寝かせると、先程畳んだばかりの偽装シートを引っ張り出して広げ、それで二人の体を覆い隠した。
「二人とも少し我慢しろ。ほどなく1分隊が来る」
そう発した言葉は、二人にというよりも自分自身に向けて放った物だった。先程の通信で、こちら側が異常事態に陥っている事は各所に伝わっているはず。即応体制を維持している1分隊が到着するのに、そこまで時間は掛からないはずだった。
「――ッ!」
一刻も早く応援が到着することを願う峨奈だったが、直後、その願いを裏切るかのように彼の五感が忌々しい気配を感じ取る。暗視眼鏡を装着して窪力から目線だけを出す峨奈。彼の目に映ったのは、空中や地面を這うように進み、こちらへと向かってくる触手の群れだった。
「もう戻って来たか……!そのまま引き込んでればいいものを!」
再び舞い戻って来た敵の姿に、何度目かも知れぬ悪態を吐く。空中の触手が先んじて窪地の上空に飛来し、回遊を始める。姿を隠したこちらを探しているのだろう。さらに地上を這う触手達も迫っている。身を隠していてもいぶり出されるのは時間の問題だった。
「私が時間を稼ぐしかない……いや、可能ならば次こそ仕留めるッ!」
峨奈は自身を奮い立たせると、窪地から這い出て駆け出した。窪地の二人を守るべく、夜闇に紛れて窪地から這い出て、匍匐で進み距離を取る。ある程度距離を取った所で、峨奈は信号けん銃を取り出し、まったく明後日の方向へ向けて引き金を引いた。
撃ち出され炸裂した照明弾は、何も立つ者のいない地面を照らし出す。しかしその明かりに引かれて、触手の内の何匹かがそちらへと飛んだ。さらにもう一発、別方向へ照明弾を撃つ。閃光に引かれ、触手の群れが分散して行く。しかし小細工がいつまでも通用する程、敵は甘くは無かった。
数匹の触手が暗闇に潜む峨奈の気配を察知したのか、こちらへ向けて飛んだ。そしてまるでその触手達の意思が伝播したかのように、他の触手達が次々と峨奈に向けて飛び出し始め、各方から襲い掛かって来た。
「小細工が利くのはここまでかッ」
吐き捨てた峨奈へ最初に飛び出した触手達が迫る。触手達をギリギリまで引き付けた所で峨奈は大きく跳躍、直後、だれもいなくなった地面へ飛び込んで来た触手達が次々と突っ込んだ。
砲撃のような土煙を再び上げた触手達を背後に見ながら、峨奈は駆け出す。そんな峨奈に続けて襲い来る後続の触手達。さらに進行方向には地面を這い、峨奈の進路をを阻もうとする触手の姿がいくつもあった。
しかし峨奈は進路を変えず、あえて地上にいる一匹の触手の懐へ突っ込んだ。そして触手の隙を見つけてそのまま背後へと抜ける。峨奈を触手は頭を回頭させて追いかけようとする。しかしその触手に、上空から峨奈を狙い降下して来た触手が激突した。肉のぶつかり合うおとが響き、二匹の触手は共に地面へと倒れ伏した。
そのまま峨奈は同様に駆け抜け、それを追いかけようとした地上と上空の触手達は次々と激突を起こす。
「恐ろしくうまくいったな」
背後でぶつかり合う触手達を一瞥しながら呟く峨奈。しかし触手達の包囲を掻い潜った先で目に飛び込んで来た存在に、峨奈は舌打ちをした。
峨奈の進行方向真正面。そこに一匹の触手と、その頭に立つロイミの姿があった。
(しまった、誘い込まれたか――!)
内心で悪態を吐く峨奈。その彼の目は、脅威存在がモーションを起こす様子を捉える。その動きは先ほども受けた発光体を放つ動きだ。その動作を目視した峨奈は、すかさず小銃を繰り出し構えると、照準もそこそこに引き金に指を掛けようとする。
――峨奈の視界外から、剣を構えた少年が飛び込んで来たのはその瞬間だった。
「うぁ――やぁぁぁぁッ!」
「ッ!」
頼りない掛け声と共に剣を振り降ろす少年。対する峨奈は即座に発砲姿勢を解き、小銃を体の前に翳して受け身を取る。
「うぁぁッ!」
「ヅゥッ――!?」
直後、峨奈の両腕と体は凄まじい衝撃を受けた。そして峨奈は目を見開く、盾の代わりとした小銃が、峨奈の手の中でくの字にへし折れていた。
リルのお世辞にも雄々しいとは言えないその剣撃は、しかし魔力による強化を与えられたことで凄まじい威力を孕んでおり、その威力は小銃をいとも容易にへし折ってみせたのだ。あと少し小銃の強度が足りなければ、峨奈の体はばっさり切り裂かれていただろう。
「ッ――ふざけてる」
手の中で折れ曲がり、銃としての役割を果たせなくなった己が得物を目にして、忌々し気に吐き捨てる峨奈。
「う、うぁぁッ!」
一方のリルは、衝撃により一歩後退していた峨奈に向かって踏み込み、二回目の剣撃を放とうと振りかぶっていた。しかし戦い慣れていないリルのその体勢は、はっきり言って隙だらけだ。
「――!そこッ!」
あからさまな隙の多さに一瞬躊躇した峨奈だが、振り下ろされる剣撃を退ける事には代えられず、隙だらけの少年の胴に向けて蹴りを放つ。
「うごッ!?」
鋭い蹴りはものの見事に少年の腹に入り、少年は苦し気な声を吐くと共に、大きく体勢を崩す。峨奈はそのまま反転攻勢し、少年に追撃を入れようとする。
「――ひぁッ!?」
しかし次の瞬間、素っ頓狂な悲鳴と共に、視界から少年の姿が消えた。
「ッ!?」
峨奈が視線を上空に映すと、触手に襟首を掴まれ、身体を宙にぶらさげ狼狽する少年の姿があった。
「まったく、やっぱり愚図ね。鍛錬も体力もまるでもって不足。まだまだ未熟だわ」
そして何らかの師のようにリルの動きを評する声が響く。
「――だけど、あなたにしては勇気を出したみたいだし、まぁ上出来かしらね」
そしてリルと入れ替わりに、脅威存在である魔女、ロイミが姿を現した。
自分の乗る触手を操り、一気に峨奈の前へと迫る魔女ロイミ。峨奈は彼女のその手中に、不気味な発光体、すなわち魔弾が形成されているのを確認する。
その瞬間、魔弾は峨奈へ向けて放たれた。
少年に向けて追撃を放とうとしていた峨奈の体は、無防備な体勢だ。それでも視界に魔弾を捉えた峨奈は、可能な限りの動作を行い回避を試みる。しかし峨奈の試みた回避行動は、儚くも成果を出さずに終わった。
撃ち放たれた魔弾は、峨奈の抵抗をほとんど許さずに彼の鳩尾へ入り、炸裂した。
「――ごッ!?」
峨奈の口から鈍い声が零れる。
恐るべきことにその衝撃は防弾チョッキを破損させ、魔弾の炸裂によるエネルギーが峨奈の内臓を揺さぶる。腹部を中心に内臓をかき混ぜられるような不快感が襲い、峨奈の意識が混濁する。
「か……ぁ、こほッ――」
そして峨奈は軽く嘔吐し、地面へと崩れ落ちた。
「まったく……小賢しい奴だったわね」
腹を抱え苦しみ悶える峨奈の側へ、触手に乗っていたロイミが呟きながら降り立つ。
「うわぁっ!」
そしてその背後で触手に釣る下げられていたリルが、乱暴に地面へ落とされ悲鳴を上げる。
その様子をつまらなそうに一瞥したロイミは、足元で横たわる峨奈の姿へ視線を戻すと、ようやく憎き敵を倒した事に安堵を覚えたのか、表情を変えぬまま小さなため息を吐いた。
「ロイミ嬢!」
「ロイミさん」
そこへ彼女を呼ぶ声がする。振り向いた彼女の中年傭兵やミルラなど、彼女の配下の傭兵達だ。
「ロイミ様、少し突出しすぎです」
「お、おいつくのがやっとだったよ……」
「はぁ、はぁ……」
ロイミの周囲に彼女の配下の傭兵達が、それぞれの声と共に続々と集まって来る。内数名の傭兵は涼しい顔をしているが、大半は息を大きく切らしており、ロイミ一人が急激に突出していたことが伺えた。
「も〜、ロイミちゃんったら一人で先にいっちゃうんだものぉ」
そして少し遅れて、緊張感の無い声と共に別の一団が到着する。ロイミと同じく副隊長格のセフィアとその配下の傭兵達だった。先頭のセフィアはロイミの近くまで歩み寄って来ると、足元に倒れる峨奈に視線を向ける。
「あらあらロイミちゃん。この苦しそうにしてる、素敵なお兄さんは?」
「偵察か何かだと思うわ、おそらくこの先にいる敵本隊のね。生意気にも抵抗して来て、いくらか時間を取られたわ。まったく鬱陶しい奴等……」
「抵抗ぅ?ロイミちゃん、プリゾレイブ・ガーデを使わなかったのぉ?」
「使ったわよ、けどコイツだけ効いてる様子が無かった。さっきのヤツと同じようにね……!」
先程、自分に蹴りを食らわせ気絶に追い込んだ誉の存在を思い出し、イラ立ちをより募らせるロイミ。憎むべき対象がすでにクラレティエにより排除されており、自身の手で甚振る事がかなわなかったことが、返って彼女の苛立ちを増幅させていた。
「あらあらぁ、今回のお相手はなんだか不思議な子達ねぇ」
「浸食の魔弾を直撃させたっていうのに、打撃の損傷だけで生命力を吸い出されてはいないみたい……本当に一体何なのよコイツは?」
セフィアは呑気な様子で、ロイミはイラついた様子でそれぞれ峨奈の姿を観察する。
「セフィア様!こっちにも敵が隠れてました」
二人に声がかかったのはその時だった。二人が振り向くと、セフィア配下の傭兵達の手によって、二人の人間が連行されて来る様子が見える。その二人とは他ならぬ近子と樫端だ。二人を隠していた急場しのぎの偽装は、傭兵達の目を欺くことは叶わなかったらしく、二人はロイミ達の前まで連れてこられると、乱暴に地面へと放り出された。
「あらぁ、カワイイ男の子たちじゃない」
連れてこられた樫端と近子の中性的で愛らしいとも言える容姿に、セフィアは緊張感の無い声でそんな感想を発する。
「近子三曹……!樫端……ッ!」
一方、連行され投げ出された二人の姿を目にした峨奈は、満身創痍の体で二人の名を叫んだ。
「あら、この子達には術が利いてるみたいねぇ。こっちのお兄さんにだけ利いてないなんてホントに不思議ねぇ〜?」
「なんでもいいわ、コイツ等だけにいつまでも構っていられない。とっとと本陣を潰しに行くわよ」
言うとロイミは触手の一匹を操り、横たわる峨奈に止めを刺そうとする。
「あらあら、ちょっと待ってロイミちゃん」
しかしセフィアがそれを止める。
「何よ?まさかこいつに慈悲を与えろと?」
苛立ちを隠そうともしない声で聴くロイミ。しかし、このセフィアという女も緩やかな言葉使いに反して、敵に優しさを見せるような女では無い。
「ちがうわよ〜。そうじゃなくてぇ、今回の敵はロイミちゃんの魔法が利かない人が二人も出て来たんでしょぉ?ひょっとしたら敵にはこういう人達が他にもいるんじゃないかしらぁ?」
「……検証が必要だと言いたいの?」
「ふふふ、ちょっと冷静になって来た?ロイミちゃんがすご〜く怒ってるのも分かるわぁ。私だってロイミちゃんに痛い事をしたこの人たちは許せないもの。でも、この人たちや〜、制圧して来いって言われてる村に同じ人がいると考えたら、オシオキ仕方も少し考えなきゃいけないと思うわぁ」
ふざけた口調ながらも、冷静な意見でセフィアはロイミを説く。
「ロイミ嬢、私もセフィア殿と同じ意見です。それに失礼ながらロイミ嬢のお体は万全ではありませぬ。成果を焦らず、慎重な手段を取っていただきたく思います」
そこへロイミ配下の壮年傭兵が出てきて、言葉を付け加えた。
「ほらぁ、親父さんもこう言っているわよ?クラレティエちゃんもぉ、獲物に身中になって、敵本陣もそっちのけで遊びまわってるみたいだしぃ、クラレティエちゃんが遊び終わるまで検証時間をかけて、クラレティエちゃんと合流してからてこの人たちの本陣に向かっても遅くは無いと思うわぁ」
セフィアの言葉を聞き、少しの間黙って考えを巡らせるロイミ。
「……ま、少しくらい時間をかけても、さして影響はないわね……分かったわ、あなたの言う通りここは慎重に行きましょう」
セフィア等の説得により、ロイミは渋々と言った様子だが、敵の検証を優先することを受け入れた。
「あらあらそんなに不機嫌な顔しないでロイミちゃん。まずはこのお邪魔虫をしてきた悪いお兄さんに、色々聞きつつ、じーっくり反省してもらいましょう?」
そんな事を言いながらセフィアは足元に横たわる峨奈に視線を送る。彼女は口許でこそ笑みを作っていたが、その目は冷たく笑っていなかった。
「さぁて、じゃあその間あたし達は周りを警戒しておくわねー。今度はイタズラネズミちゃんをロイミちゃんには近づけさせないから安心して」
「セフィア様のお手を煩わせるまでもありません。我らにお任せください!」
自ら周辺の警戒に出ようとしたセフィアだったが、そこへ配下の傭兵達が買って出てくる。
「あらぁ、そぉ?それならあたしは警戒魔法に集中できるしぃ、じゃあ、お願いしちゃおうかしらぁ?」
「「「は!お任せを!」」」
セフィアの艶の含まれたねだるような言葉に、配下の傭兵達は一斉に声を上げる。
「よし。セフィア様に近づく鼠なんて、俺が蹴散らしてやるぜ!」
「あ、この!抜け駆けするなッ!」
そして傭兵達は、それぞれがまるで競うように飛び立っていった。
「まったくしょうがない男共ね」
「鼻の下のばしちゃって、単純なんだから」
一方、同じくセフィアの配下である女傭兵達は、傭兵達の姿を呆れた目で見ながら呟いていた。
「セフィアさん、あたしたちは後ろを見張ります」
「まだ潜んでる鼠がどこから来るか分からないですから」
「興奮した男たちに、そんな繊細な役割は任せられないからねー」
口々に言う女傭兵達に、セフィアは同じ調子で笑いながらそれを承諾する。
「うふふ、そうね、じゃあ皆よろしくね」
「「「はい!」」」
姦しかった女傭兵達も、セフィアの言葉には一斉に返事を返すと、警戒のために後方へと散って行った。
「さて、じゃああたしは警戒術を張っておくわね〜」
配下の傭兵達を見送ると、セフィアは警戒魔法の詠唱を始めた。
「ロイミ様、無茶をなさいましたね」
一方、ロイミの元へ一人の女傭兵が近づく。この女傭兵、服装こそ他傭兵と同じ漆黒の皮服だが、頭に侍女用のカチューシャを身に着けるという不可解な恰好をしていた。
その装着したカチューシャが示す通り、この女傭兵はロイミが身の回りの世話のために連れている、シノという名の侍女だった。
「別に、ちょっと想定外の手に驚いただけよ」
「万全な状態でないのに敵の排除を焦るからです。冷静な状態のロイミ様であれば、敵の小賢しい手段も回避できたはず」
しかし従者の立場であるにもかかわらず、歯に衣着せぬ物言いで主の行動の軽率さを指摘する彼女。
「シ、シノさん……ロイミ様にあまりそういう事は……」
そんなメイドにオドオドした様子で話しかける別の女傭兵。先にロイミが誉に襲撃を受けた際に、雷魔法で誉を妨害したミルラという女傭兵だ。彼女も同じくメイドを兼ねる傭兵であり、シノの後輩でもあった。
「そうだぞシノ。あまりロイミ嬢に無礼な態度を……!」
さらに壮年傭兵も続いてそれを咎めようとする。
「黙っていてください」
しかし壮年傭兵の言葉はピシャリと一蹴。
「う、ぬぅ……」
一喝され、中年傭兵は次の句を失ってしまった。
「ロイミ様。いつも申し上げておりますが、一傭兵ではなく一隊の、そして私たちの主である自覚をお持ちください」
「はぁ、相変わらず物怖じという物を一切しないわねあなたは……確かに私が軽率だったわ、心配かけたわね……」
しかし失礼な物言いにも関わらず、ロイミは仏頂面であるものの怒って言い返すことなどはせず、シノの言葉を受け入れた。ある種の力関係が、ロイミ率いる一隊の中にはあったのだ。
「――ッ!」
そんなやり取りの後に息をつこうとしたロイミだったが、その時、彼女は殺気を感じ取った。
瞬間、その場に連続した炸裂音が響き渡った。
それはまごう事なき銃の発砲音。その発生源は樫端だ。
彼は上半身だけを起こして9mm機関けん銃を構えており、その銃口からは煙が上がっている。ロイミの術によりほとんど自由を奪われた体でありながら、彼は気力を頼りにその体を動かし、懐に隠し持っていた機関けん銃を敵へと向けたのだ。
「キャッ!」
しかし、樫端の必死の行動の直後に起こったのは、連続的な金属の掠れる音と、メイドであるミルラの小さな悲鳴だけだった。
ミルラの前には、ナイフを片手に持った、シノの姿があった。
その様子から、樫端は何が起こったのかを把握し、そして驚愕した。満身創痍の樫端の射撃は碌に狙いも付けられず、放たれた数発の9mm弾は脅威存在であるロイミをはずれてミルラへと向いたのだが、メイドのシノはそれをナイフで弾いて見せたのだ。
「ッ……!弾が……!?」
満身創痍の体を動かし放った一撃にを防がれ、樫端の顔に悲愴の色が浮かぶ。
「下品な獣がいたものですね」
後輩をかばい弾を弾いて見せたシノは、小さくそう呟くと、手にしていたナイフを樫端に向けて最低限の動作で投げ放った。
「ヅッ!?」
放たれたナイフは樫端の持つ機関けん銃に命中。シノの軽やかな動作からは想像もできない衝撃が樫端を襲い、機関けん銃は樫端の手を離れて大きく弾き飛ばされた。
シノはそのまま樫端へと距離を詰めると、華奢な足で樫端を蹴り飛ばした。
「ごぅッ!?」
もんどり打ち、前進を再び地面へと投げうつ樫端。そんな樫端へ追い打ちをかけるように、彼女は樫端の股間を踏みつけた。
「ぐぅあッ!?」
急所を踏みつけられ、樫端は中性的なその顔を苦悶に染めて悲鳴を上げる。
「う、あがぁ……!」
「樫端ッ!」
樫端の悲鳴を聞き、峨奈は彼の名を叫ぶ。
「お嬢様。この野良犬、私が躾けてよろしいですね?」
対するシノは意にも介さず、ロイミに振り向いてそんな確認を取る。
「ええ、構わないわ」
「では――甘美なる我が愛の鞭の虜となり、従属の喜びで体を染めよ」
ロイミからの許可が下りるや否や、シノは魔法の詠唱を行う。それは先にロイミが鈴暮に使った物と同じ、相手を強制的に隷属させる精神支配魔法だった。
「何を……うぁ……あ……」
支配魔法を受けた樫端の意識は朦朧とし出し、彼の目は虚ろな物となる。
「さぁ、ご挨拶はどうしたんですか?」
「ぅあ、は……い……」
シノの言葉を受けた樫端は、一度体を起こしたかと思うとシノ足元へとへたり込んだ。
「樫端!?何をしてるしっかりしろッ!」
峨奈が叫ぶが、樫端が応じる気配は無い。さらに変化は近子にもあった。樫端と同じく地面に心ここにあらずといった眼でへたり込んでいる。
「ちゃんと覚えなさい、あなた達の主となる方のお姿を」
「は、はい……!」
「ぁ……ぅ……」
言葉と共にロイミの姿へと視線を流すシノ。その言葉に従わされ、二人はへたり込んだまま頭を下げ、地面に擦り付け土下座も同然の格好となった。
「樫端、しっかりしろッ!近子!近子三曹ォッ!!」
峨奈はほぼ怒号の声色で二人の名を呼んだが、二人がその言葉に反応することはなかった。
「ふぁ……」
「相変わらずすごく怖いなぁ……」
一方傭兵達はその様子を取り巻いて眺め、それぞれの感想を零していた。ロイミ隊のミルラやリイトは背徳感や恐れを感じながらも、頬を染めてその様子を見ている。
「おお……なんと恐ろしい」
「副隊長達に逆らうとは愚かな奴だ。まぁこれであいつらも虜になったようだが」
セフィア配下の傭兵達は樫端達を隷属させた女達に、恐れつつも惚れ込んだような視線を向け、そして樫端達に嘲笑の言葉を向ける。
「うふふ、面白い事になってるわね〜。かわいい子が屈服する姿っていいわぁ〜、ゾクゾクしちゃう」
そして、警戒魔法の施術を終えたらしいセフィアが近づいてきて、その様子を見ながら呑気な声色でそんな感想を述べた。
「それじゃあ残ったこの悪いお兄さんの事をぉ、色々と調べなきゃねぇ」
続けて言うとセフィアは、この場に残った数名の配下の傭兵達と共に、峨奈を取り囲む。
「ッ、近寄るな汚らわしい……ッ!」
セフィアに向けて拒絶の言葉を吐きながら、握りしめた土を力ない動作で投げる峨奈。しかし空しくも投げた土は憎き敵には届かずに、パラパラと地面に落ちた。
「ぐぁッ!?」
そして次の瞬間、峨奈の体に鈍痛が走る。
「こいつ!」
「セフィア様になんたる無礼!」
セフィア自身に実害が無かったにもかかわらず、峨奈の行為は配下の傭兵達の感情を煽ったらしい。セフィア配下の傭兵達が峨奈の体を次々に蹴りつける。
「ほらほら皆ぁ、その辺にしておいてあげてぇ。んもう、お兄さんダメよぁおいたしちゃあ。みんなが怒っちゃうわよぉ?じゃあまずはぁ、いけないもの持ってないか確かめておかないとねぇ。皆〜お願いね」
セフィアはふざけた様子で峨奈に説教の言葉を投げると、配下の傭兵達に峨奈の武装解除を命じた。
「けほッ……うぐぅ……」
一方、触手に落とされた後も、峨奈から受けたダメージが引き、しばらくへたり込んでいたリル。
「リル」
そんな彼の名を呼びながら、一人の女が近づいて来た。
「う……カイテ」
現れた女にリルはあからさまな苦手意識を孕んだ表情を浮かべる。
「まったくいつまでへたばってる訳?」
「ご、ごめん……」
謝りながらも、リルはまだ立ち上がれないでいる。
「まったく!だいたいアンタ、またあの女にだらしなく鼻の下のばして発情してるわけ?」
「そ、そんなことないよ……僕は――うぐぅッ!?」
カイテの言葉に反論しようとしたリルだが、その前に彼の体に鈍痛が走った。
「何口答えしてるわけ?このダメ犬!」
罵倒と共に繰り出した足を引くカイテ。リルの体に走った鈍痛は、彼女が放った蹴りが原因だった。
「げほッ!げほッ!うぅ……ひどいよカイテ」
「アンタが生意気な態度を取るのが悪いのよ」
受けた蹴りに再び咳き込みながら、カイテに苦し気な言葉で訴えるリル。しんな少年に対して、カイテは当然と言わんばかりの冷たい声で言い放った。
カイテと呼ばれるこの女は、リルと同じ村を出身とする、彼の幼馴染だった。そしてとても手が早く加虐気質な女であり、リルは幼少期から彼女の傍若無人っぷりに振り回されていた。そんな彼女が傭兵団に身を置いている理由は、リルがロイミの使役魔となった際に、リルの持ち主は自分だと反発して譲らず、そのまま付いて来たからだった。
以来リルは、二人の加虐気質な女に振り回される日々を送っていたのだ。
「雑な照れ隠し、お子様ね」
そんなやり取りを見ていたロイミが、カイテに向けて口を開いた。
「はぁ?何よアンタ?」
「別に?ただ、リルの気を引こうと必死なあなたが可笑しかった物だから」
突っかかりの矛先をロイミに向けて来たカイテに、しかしロイミは構わず皮肉を飛ばす。
直後、カイテは言葉の前に己の獲物のナイフを取り出すと、あろうことかそれをロイミに向けて投擲した。しかし投擲されたナイフは、ロイミに届く前に迎え撃つように飛んで来た別のナイフに弾かれた。
「ッ――シノ、邪魔をしないでよ」
「カイテ。お嬢様に無礼を働くの事は、あなたといえども許しませんよ」
別のナイフを放ち、カイテのナイフを防いだのは侍女のシノだった。
「リル!そんな女は放っておきなさい。それより紅茶を用意して頂戴」
「う、うん……!」
ロイミに命じられたリルは、背負っていた荷物を降ろして、せかせかと紅茶の準備を始める。しかしその動きはいつにもまして緩慢で、そしてリルはロイミに向けてチラチラと視線を向けている。リル本人は隠しているつもりだったが、ロイミからすればバレバレの行為だった。
「……何をグズグズしているの?何か言いたい事でもあるのかしら?」
「え?う、ううんなんでも……」
「命令よ、言いなさい」
ロイミの命令の言葉に、リルは気圧されながらも口を開く。
「僕も、護れたかな……?」
「はぁ?」
リルの小さな言葉にロイミは怪訝な表情を浮かべる。
「さっき、僕にもロイミを護って、ロイミの力になることができたのかな……、な、なんて思って……」
言葉尻を小さくして、リルは気恥ずかしそうにしながらロイミへそんな言葉を紡ぐ。
「………ふんッ」
「へ――ひぎぃ!?」
しかし次の瞬間、リルは悲鳴を上げ、そしてまたもへたり込む。見ればリルの胸元に魔法紋が浮かび上がり発光している。リルの体に刻印された使役魔用の魔法紋が、ロイミの合図に従って発動し、彼に痛みを与えたのだ。
「調子に乗らない事ね。あなたはまだまだ未熟で愚かな下僕。その分際で騎士を気取るなんて、驕り高ぶりもいい所だわ」
「あぅぅ、そんなぁ……そんなつもりじゃ……」
「言い訳は結構よ。まったく……頭が悪いとは思っていたけど、そんな愚かな勘違いまでする程だなんて。あなたにはまだまだ痛みによる躾と仕置きが必要みたいね」
ロイミは鞭を持ち出し、痛み悶えるリルを膝を付いたリルの尻を鞭で打つ。
「うぎゃう!」
「まぁ躾は後よ。ほら、いつまでもへたり込んでないで、まずは早く紅茶の用意をなさいな」
言いながら鞭をしならせ、リルを脅すように茶の用意を急かすロイミ。
「……ふん」
そしてロイミはリルに気付かれないように、少し紅潮した顔をそっぽを向いて隠した。
「うわだっさぁ」
「カイテさーん、あんな冴えないヤツほっといて、アタシらで敵を片づけにいきましょうよぉ?」
方や、そんな風にロイミに使われるリルを嘲笑う声が端から上がる。それはカイテを取り巻く女傭兵達だ。
カイテは一部の傭兵女達からは好かれており、剣狼隊の中でも三隊長各とは別に小さな派閥を持つほどだった。その派閥の女傭兵達はリルを嘲笑いつつ、カイテへ提案の言葉を述べる。しかしロイミとリルのやり取りを面白くなさそうに睨むカイテに、リルへの執着を諦める様子は無かった。
「リル!そんな女に尻尾振ってんじゃないわよ!アンタの役目はアタシ達の雑用よ!」
「リル、分かってるわね?早くしないとまた魔法紋で仕置きを与えるわよ?」
「ひぃぃん!」
リルは女達に使われ、動き回るはめになった。
「あの下僕がお嬢様のお世話をするようになってからというもの、少し退屈ですね」
一方でロイミの侍女であるシノは、ロイミ達の様子を見ながら少しつまらなそうに呟いている。
「あ、ひょっとして嫉妬してる?」
そんなシノに、側に立っていたリイトという少年が少し揶揄うような言葉をかける。次の瞬間、バシンと人の肌を打つ音が響く。
「おぎゃぁん!」
そしてリイトは悲鳴を上げる。
「うるさいですよ豚」
そして冷たい声でリイトを罵るシノの声。彼女の手にはリイトを打った乗馬鞭が握られていた。シノやミルラなど侍女を兼任する傭兵の護衛が、リイトに与えられた役目だったが、そんな彼もまた女達に振り回され苦労している一人だった。
「まったく」
「あ、あの、シノさん……」
そんなシノへ、同じく侍女兼傭兵であるミルラがおずおずと声を掛ける。
「なんですか」
ミルラに対してシノは特に妙味な無さげに、ツンとした表情のまま返事をする。
「あの、さっきはありがとうございました」
シノのそんな姿に物怖じしながらも、ミルラはぎこちない謝礼の言葉を述べた。先に樫端の銃撃から、庇ってもらった事に対して礼を言っているようだ。
「ッ――別に……あなたのためではありませんよ」
唐突な謝礼の言葉に、少し目を見開きながらも素っ気ない態度であしらおうとするシノ。
「で、でも、助かりました!今回の事ばかりじゃないです、シノさんにはいつも助けられてばかり。出会った時からそうでした!」
しかしシノの言葉を押し切り、ミルラは声量を少し上げて続ける。
ミルラは元々、出身の町の館で別の主人に仕えていた身だった。そこでは酷い扱いを受けながらも、その性格ゆえ大人しく従い使える日々を送っていたミルラ。しかしある日、傭兵任務の一環として館を訪れたシノの手により、その主人は再起不能に追い込まれ、そしてミルラはその日々から解放され、剣狼隊に迎え入れられたという経緯を持っていたのだ。
「助けてもらったあの日から、シノさんは本当に私の憧れなんです!」
「………ッ、別に、あなたがどう思おうとあなたの勝手です」
真っ向から謝礼を受けたシノは、その一言と共にそっぽを向いてしまう。しかし、その頬は少し赤く染まっていた。
「あれ、照れてる?」
それに気づいたリイトがシノにその事を指摘する。再び鞭が飛んだのは次の瞬間だった。
「豚は黙りなさい」
「うぎゃんッ!」
「こちらの豚も躾が必要なようで」
「へ……?ふむ!?むぐぅ!?」
シノは目にも止まらぬ早業で、リイトは目隠しと猿轡を噛まされてしまう。そして無理やり四つん這いにさせられ、その背にシノに腰を降ろされて椅子にされてしまった。
「あなたはもう少し豚としての立場をわきまえる事です」
「むぅぅ……!」
赤らめていた顔を一転させ、尻に敷いたリイトに向けて冷たい表情で発するシノ。シノの気恥ずかしさの吐け口として、リイトは虐げられる羽目になってしまった。
「あ、あはは……」
そんな二人を見ながら、ミルラは困り笑いの声を零した。
「はぁ、まったく騒がしいわね」
周囲が喧騒に包まれ、呆れた声を上げるロイミ。
「まったく、やはり若者共は落ち着きという物が足りませぬ」
それに賛同したのは側に立つ壮年傭兵だった。
「そして何よりこの輩。ロイミ様にここまでの無礼を働くとはまったくもって信じられぬ」
壮年傭兵は、傭兵に囲まれ身体検査をされている峨奈の姿を睨み下ろしながら呟くと、次に峨奈に向けて口を開いた
「よいか、このお方は700もの齢を重ね、我々など足元にも知と御業を蓄えられるロイミ嬢であらせられるぞ。どこの者とも知れぬ輩が逆らい、手を出そうなどと不届き千万!此度でロイミ嬢の仕置きを受け、己が身の程を知ったであろう」
「ッ……!」
壮年傭兵のロイミを持ち上げる大げさな言葉に、しかしそれを聞いた峨奈は、痛みとは別の不快感を隠そうともせず顔に表す。
「よしてよ、持ち上げ過ぎよ。それに恥ずかしいけど今回は不覚を取ってしまったわ。私も衰えが見え始めたかしら」
「ロイミ嬢、ああなんとおいたわしい。では不肖、この私がロイミ嬢の腰かけとなりましょう。どうぞお身体をお安めください」
「くす、そうね。駄犬達に手本を見せてあげてくれるかしら」
「かしこまりました」
ロイミの命の言葉を受けると、壮年傭兵は胸元から首輪を取り出すと、なんとそれを己の首に巻いた。そして地面に手足を付けて、ロイミの前で背中を差し出すように四つん這いになったのだ。
そしてロイミは当たり前というように、歴戦の傭兵の背中に腰かけた。
「あぁぁ……!」
少女の体重を感じ壮年傭兵は、その顔に恍惚の色を浮かべた。
「くすくす、相変わらずいい声を聞かせてくれるわね。あなたほどの熟練した傭兵が、こんな見た目年端もいかない女の尻に乗られて、屈辱ではないのかしら?」
「滅相もございませぬ!あなた様からすれば私などまだまだ未熟な坊にございます!誰よりも熟練したアナタ様に使える事こそ、至高の喜びにございます!」
口で感謝と喜びの言葉を並べる壮年傭兵。しかし実際の所この壮年傭兵は、年端もいかぬ少女の姿であるロイミに足蹴にされる事に興奮しているのであった。
「さて――どう?セフィア?」
壮年傭兵の上で息をつきながら、峨奈の身体を調べていたセフィアに声を掛ける。
「う〜ん、持ち物とかぁ、お兄さん自身とかぁ、色々興味深いけどぉ……ロイミちゃんの術が効かなかった原因は、見てみた限りじゃ分からないわぁ〜」
少し不機嫌そうに口をとがらせながら言ったセフィアは、峨奈から離れると気だるげに伸びをする。
「は〜ぁ、疲れちゃったわぁ。ねぇみんなぁ、あたしもロイミちゃんみたいにお休みしたいなぁ〜?」
「「「は!」」」
セフィアのねだるような言葉に対して、配下の傭兵達一斉に声を発すると、セフィア配下の傭兵達は我先にと四つん這いになってゆく。三人の傭兵が並んで四つん這いになった所で、セフィアは傭兵達の背中に尻から足を順繰りに乗せていく。
「「「あ、あぁぁ……!」」」
セフィアの体重を感じ、一斉に嬌声を上げる配下の傭兵達。その周りで役割につき損ねた傭兵達は、その姿をうらやましそうに見ていた。
「相変わらずな趣味ね」
ロイミは壮年傭兵に腰かける自身を棚に上げ、セフィア達の姿を呆れた目で眺めている。
「ろ、ロイミ。おまたせ……」
そんな彼女の元へ、リルが甚振られながらもなんとか用意した紅茶を持ってきた。
「遅いわよ、本当にノロマね。まぁいいわ、ご苦労だったわね」
「あ、うん……ありが……」
掛けられた労いの言葉に、表情を綻ばせかけるリル。
「さて、じゃあさっきのお仕置きをしないといけないわね」
「へ?お、お仕置きって……ひぅぅッ!?」
しかしロイミから無慈悲な言葉が告げられ、そしてリルの体に電流のような感覚が走った。悲鳴を上げたリルの身体は硬直したかと思うと。次の瞬間、リルの身体は彼の意思とは無関係に動き出す。リルの体は勝手に服を脱ぎだし、あっという間に首輪を残して全裸になってしまった。
「アナタ、少し調子に乗ってるみたいだし、犬としての立場をもう一度刻み込み直さなきゃいけないようね」
「そ、そんなこと……あぎぃぃ……ッ!?」
弁明すら許されず、リルの胸元に刻まれた魔法紋は問答無用で彼の身体を操る。痛みに悶えながらもしゃがみ込まされるリル。その姿はまさに躾けられた飼い犬も同然だった。
「ふふ、いい格好ね。駄犬にお似合いのとっても惨めな姿」
嘲笑いながらリルの股間に足先を伸ばすロイミ。
「あぅぅ……ゆ、許してぇ……」
「あら、こんな格好晒されて、おまけに痛みまで与えられたのに興奮してるわけ?本当にどうしようもない駄犬ね」
許しの言葉を漏らすリルだが、リルの心情はあっさりロイミに見抜かれる。リルは魔法紋による痛みや、辱めを受けることに快感を覚えていたのだ。ロイミは仕置きと言うように、リルの陰嚢を足先で圧迫する。
「ひぃ……あひぃぃぃ……!」
「フフフ……」
ロイミの嘲笑を受けながら、されるがままに急所を甚振られ弄ばれたるリルは、だらしなく舌を垂らし、もはや嬌声に近い悲鳴を上げた。
(ふざけてる……なんなんだこの反吐のでそうな奴等は……)
満身創痍の状態だが、峨奈その顔に苦しみよりも嫌悪感を一杯に浮かべ現していた。
配下の傭兵に当然のように腰かけ、休息する女共。その女共に文字道理尻に敷かれ、嬌声を上げる傭兵共。峨奈の周囲をぐるりと囲むそんな傭兵達の地獄絵図も同然の光景に、峨奈は嘔吐感すら覚えていた。
「それにしても、本当に不愉快ね。何なのアナタたち?特にアナタやさっきのヤツ」
不快な女の不快な声が耳に届き、峨奈の視線が否が応にも声のした方向へと動く。
ロイミはリルを片手間に甚振りながら、峨奈へとその視線を向ける。自身の使役獣を甚振った事によりいくらか機嫌は直ったようだが、その幼い顔には未だに不愉快そうな色が浮かんでいる。先程自身を襲った誉と峨奈の姿が被り、かなりの嫌悪感を抱いているようだ。
「あんた達にウチの子達が殺された、その報いは受けてもらうわ」
ロイミの言葉と同時に、配下の傭兵達が一斉に動きを見せた。
「お嬢様の手を煩わせるまでもありません。私がやります」
「み、皆さん敵となるなら許せません。お手伝いします……!」
侍女であるシノが静かに言い放ち、ミルラも意気込む姿を見せる。
「ちょっと、あたしにもやらせなさいよ」
カイテがシノ達の言葉へ割り込みながら、愛用のナイフを繰り出す。
単純に怒りを表す者、冷たい目線を向ける者、加虐的な笑みを向ける者。女傭兵達の見せる感情は三者三様だったが、峨奈に向けられる害意だけは全員共通していた。
「ふん、まあいいわ。まだメインディッシュが控えているわけだし、コイツ一人くらいはあなた達に任せて、ゆっくりと鑑賞するのもいいかもしれないわね」
そう配下の女達の意思を尊重したロイミも加虐的な笑みで峨奈の姿を見下ろしている。
そして他の女達の殺気が峨奈に集中する。正体不明の敵、すなわち峨奈に対しての、復讐を兼ねた悍ましい検証、いや人体実験が始まろうとしていた。彼女達は仲間を傷つけ殺した敵の一味である峨奈を、徹底的に苦しめ、辱め、痛めつける腹積もりだった。
「あぁ……あれは……」
「皆、本気で怒っておられる……!」
「お、恐ろしいぜ……」
そんな女達の姿に、恐れ慄き出す周りの傭兵達。
「ロイミ様やセフィア様方に虐げていただける光栄を捨てるなど、愚かな奴だ」
「悪党の末路だな」
「まったく、われわれが鞭を頂くことこそ、最高の栄光だというのに」
中には顔を赤らめ、恍惚の表情でその光景を見つめながら、そんな事を宣う傭兵までいた。
「これまでの敵は皆そうだった。俺達のように真実に気づいた者は皆様の虜としていただけたが、愚か者は無残に屠られる……」
「あの方々に使えることこそ私達の喜び……」
「強く美しい方に従属する喜びを知らぬ、哀れな奴め。奴には、我が主による鉄槌が下るであろう……」
傭兵達は口々にロイミを始めとする女達を、恐れそして称える言葉を口にした。
「あ、シノちゃん達ちょっとまって〜。魔法が効かないなら〜、ちょっとこっちをためしてみようかしら」
しかしそこへ、再びセフィアの緊張感の無い声が割り込む。皆がセフィアの姿を注視すると、彼女が手元で何やら行っている様子が見えた。
「セ、セフィア様、それは……!」
彼女が弄っていた物は香の一種だった。それを目にしたセフィア配下の男傭兵達が狼狽しだすが、しかしセフィアは気に留める様子は無く、粉末状の香にはすでに火が点けられ、当たりにその煙と香りが満ち始めていた。
「フフフ、これならお兄さんも虜にできそうだけどな〜?」
淫靡な気配を漂わせながら怪しく笑い呟くセフィア。一分と待たぬ間に香は周囲に充満してゆく。
「「「あ、ひぃぃぃ……」」」
取り巻いていた配下の傭兵達がへたり込みだしたのはその時だった。次々と眼を虚ろにして、腰砕けになり嬌声を上げながら、地面にへたり込んでゆく。
「あ〜ぁ、みんなもう骨抜きになっちゃったのぉ?情けな〜い」
セフィアは腰砕けになった男傭兵達に嘲笑の言葉を浴びせる。
「フフッ――香りで心をトロトロにしてぇ、体で触れて耳元で罵ってあげるだけで、みーんな永久にワタシの奴隷になっちゃうのよねぇ。男ってホントに悲しい生き物」
そして台詞で憐れみながらも楽し気な調子で話すセフィア。
これはロイミ等の使用する魔法とはまた違う、性と艶の知識と魔法役の扱いにたけたセフィアの得意とする、独特な技だった。香の効果と背徳的な魅力を醸すセフィアの姿や言葉、立ち振る舞い。これらを武器に、屈強な戦士ですら抗う事を許さず、尊厳も何もかも全部奪い、彼女の忠実な僕としてきたのだ。
「あはは、情けないなぁ〜。もっと男らしく耐えられないの?」
「ムリムリ、こいつらにそんな根性あるわけないじゃん」
腰砕けになり、惨めな表情でへたり込んだ男傭兵達を、セフィア配下の女傭兵達が嘲笑しながら取り囲んでいる。そして男傭兵達を小馬鹿にしながら見下ろしていた女達の内の一人が、なんとへたり込んだ傭兵達を甚振り始めた。
「ほらほら、ちょっとは男らしさみせてみなさいよ。【女にいいようになんかされない!】とか前はいってたじゃない?」
女は、小馬鹿にするように尋ねながら、男傭兵の股間を踏んで回る。さらにそれに続いて他の女達も、同じく男傭兵を踏み出したり、へたり込んだ男傭兵達の顔や体に体重をけかて腰掛け出したりと、男傭兵を甚振り始めた。
「あはは、その後アタシらの色仕掛けで即行腰砕けだったけどね〜」
「今では【女性の皆様に使えることがぼく達の喜びですぅ〜】、とか言って、あたし達に踏まれて喜ぶ立派なオス奴隷だもんね」
「所詮は勘違いしてたオス共だったってわけね〜」
そして女達は嘲笑を浴びせながら、男傭兵達を虐げる。そこまでされながら、男傭兵達は抵抗の様子すら見せず、虐げられるごとに身を悶えさせて、悲鳴や嬌声を上げるばかりだった。
「うふふ、あなたたちの立場を再確認するいい機会になったわねぇ。ね?イ、ヌ、ど、も?」
そして止めにセフィアの艶の含まれた冷たい罵倒を受け、男傭兵達は一斉に嬌声を上げた。
骨抜きにされ配下となった奴隷同然の傭兵達と、それを虐げる取り巻きの女傭兵達。この姿がセフィア隊の実態であった。
「うふふ、いい子達でしょ〜?中には勘違いして私に挑んで来たり、手を出そうとしてきた子もいたの。でもそんな勘違いした悪い子も、オシオキしたらみ〜んな従順になったわ」
セフィアは言いながら足置きにしている傭兵のその脚で弄び、配下の傭兵はだらしない表情で嬌声を漏らす。
「うふふ、みんな我慢よぉ〜?後でたっぷりお仕置きしてあげるからね?」
セフィアその言葉に、最早玩具でしかなくなったセフィア配下の傭兵達は、嬌声と身悶えでそれに応えた。
(ッ……吐きそうだ……ッ)
そんな地獄絵図の続編を見せられた峨奈は、より酷くなった嘔吐感に耐えていた。
「あらぁ、ひょっとして効いてないぃ?たまーにちょっと効き悪い人もいるんだけどぉ、ここまで無反応なのはおかしいわねぇ〜?も〜ほんとにガンコなお兄さんなんだからぁ」
セフィアは配下の傭兵を虐げながら、つまらなそうに口を尖らせる。自慢の技の効果か確認できなかったことは、さすがに心外なようだった。
「やはり、もっとコイツの身体を調べて≠ンるしかないようですね」
変わって出て来たのは侍女のシノだ。
「ほら、動きなさい豚」
「むぐぅ!」
シノは自身が腰かける少年に鞭を打ち、峨奈の前まで自信を乗せたまま四つん這いで歩かせる。
「やっぱり直接切り開いてみないとねぇ。いい鳴き声聞かせなさいよ?」
同時にカイテが出てきて、猟奇的な台詞を峨奈に投げかける。そしてシノが複数のナイフを両手にずらりと繰り出し、カイテは手元の愛用のナイフをくるりと回して見せた。
「お嬢様、触手を何体かお借りしたいのですが?」
「構わないわ」
ロイミが承諾すると同時に触手が数匹現れ、ロイミは少し複雑な手の動きを見せる。触手の内数匹の命令権をシノに移す動作であり、それを証明するようにシノが指先を動かすと、触手達はそれに従い彼女の背後へと位置取った。
「ッ……!」
女達の布陣に、いよいよもって危機を感じた峨奈は、満身創痍の身体を無理にでも起こし、この場からの脱出を試みようとする。
「がぁッ!?」
しかしモーションを越す前に、触手の一匹がその身を伸ばして伸し掛かり、峨奈の体を叩くように押さえつけた。
「が、くぁぁ……!」
体を圧迫され、苦悶の声が峨奈の口から零れる。
「ふふん、無駄よ。人ごときの力で私の触手を押しのけられはしないわ」
背後から様子を眺めているロイミの笑い声が聞こえてくる。
「で、まずどうすんの?とりあえず股間のモノを切りとっちゃう?」
「芸が無いですね。まずは指先からです。様子を見てから、触手の力で手か足でも引き千切ってみましょうか」
「最後は裸に剥いて吊るし上げちゃおうかぁ?」
悍ましい拷問の算段を交わす女達。
「あ、ごぁ、ぁ……!」
その言葉は、圧に苦しむ峨奈の耳にもはっきりと聞こえてくる。
触手がどけられ、入れ替わりに二人の女が峨奈を挟んですぐ真横に立つ。女達の背後周辺には、峨奈の体を甚振り、解体するために触手が囲い待機している。
「クスクス」
そして憎き敵一派の一人たる、峨奈に対する拷問の開幕に、ロイミが楽し気な微笑を浮かべている。
配下や仲間を甚振り嘲笑の声を上げる女共と、その女共に甚振られ気持ち悪い嬌声を上げる下僕傭兵達。最悪なまでの光景が並び、そんな中で開始されようとしている峨奈の拷問解体。
「や……やめ、ろ……!」
必死の抵抗を試みるが、度重なるダメージで峨奈の身体は満足に動こうとしない。
青ざめもがく峨奈の姿に、シノは冷たい顔のまま、カイテはサディスティックな笑みを浮かべて嘲笑しながら、それぞれのナイフの切っ先を向ける。
そして峨奈を徹底的に甚振るべく、その手が伸ばされる――
「ブェッ――!?」
ゴッ、という肉のぶつかる鈍い音が響いたのは、その時だ。そして女の鈍い悲鳴が響く。
見れば、侍女のシノが白目を剥きながら真横へ吹っ飛んでいた。
「ごげぇ――!?」
「ブギェッ――!?」
いや、侍女のシノだけではない。
反対方向へはカイテが、そして後ろで優雅に休息を取っていたはずのロイミも。三人の女が不思議な事に全く同時に、その顔にめり込む程の拳骨の跡を付け、鈍い無様な悲鳴をその口から零しながら、中空へ吹き飛んでいた。そして、それぞれの方向に吹っ飛んだ女達は、濡れた地面に受け身を取る事も叶わずに突っ込んだ。
見れば他にも、ロイミの腰かけとなっていた壮年傭兵は、踏みつぶされたように地面に全身を沈めており、ロイミに弄ばれていたリルもまた地面に転がり悶えている。
「ふぅ!?ふぁ、ふ――びょごッ!?」
そして、拘束された姿でシノの腰かけとなっていたリイトが、状況を理解する間もないまま、何者かの脚に踏みつぶされ、悲鳴と共に地面に沈んだ。
その一連の出来事は、周りを囲い見ていた傭兵達からすれば、誇張なしの本当に一瞬の出来事だった。主や仲間たる女達と虐げられてた下僕達の体が、一瞬の内に投げ散らかされ散乱した光景を前に、動き出すことは愚か、何が起こったのか状況の認識すら追いついかず、立ち尽くしている剣狼隊の傭兵達。
そんな傭兵達の視線の中心にあったのは、仁王立ちで拳骨を形作った腕を真横に掲げ、比類なき殺意を全身に纏った策頼の姿だった。